2026年9月22日 山梨県富士吉田市・富士河口湖町
その日、私が富士の麓へ向かったのには、はじめに一つの約束がありました。
ある要人から、大切な願いを一つ託されていたのです。
お名前や詳しいご事情は、ここで明かすことができません。
私はその方に代わり、願いを神前へお届けするため、新屋山神社の奥宮まで足を運ぶことにしていました。
その参拝のことを朝の書簡でお伝えした時、せっかく富士の奥宮まで向かうのであれば、日々書簡を読んでくださる方の願いも一緒にお持ちしたいと思いました。
そして、読者の方からも、今、神前へ届けたい願いを一つずつお預かりしました。
誰かを、もう一度信じられるようになりたい。
商いを育て、必要とする方へ価値を届けたい。
大切な方の身体が、穏やかな方へ向かってほしい。
はじめに託された一つの願いと、
あとからお預かりした読者の方々の願い。
そのすべてを胸に、私は新屋山神社の本宮、奥宮、
そして冨士御室浅間神社へ向かいました。
頭を下げて進む、
赤い鳥居の道
最初に訪れたのは、新屋山神社の本宮です。
入口から続くのは、幾重にも連なる赤い鳥居でした。


鳥居は少し低く、まっすぐ立ったままでは通れません。
背をかがめ、一つずつくぐり抜けるうちに、願いを届けに来た者としての姿勢を整えられていくようでした。
階段を上がった先には、鮮やかな彫刻の施された御社が鎮座しています。


新屋山神社の主祭神は、大山祇命。古くから山を守る神、産業の神として、林業や農業、職人の仕事を支える信仰を集めてきました。
読者の方からお預かりした中には、商いに関わる願いもありました。
商いの願いもまた、ただ利益だけを求めるものではありません。
持っている力が必要とする方へ届き、その働きが正しい豊かさとなって巡ってくるように。
はじめに託された願いも、読者の方からお預かりした願いも、一つずつ心に留めながら、静かに手を合わせました。

閉じていると思った、
奥宮への道
本宮には、台風の影響で奥宮が閉まっていることを知らせる案内が残っていました。
この日の代理参拝で、奥宮まで願いを運ぶことはできないのかもしれない。
そう思いましたが、決めつけずに問い合わせると、それは前日の案内で、この日は参拝できることが分かりました。
見えているものだけで道を閉じず、
確かめるために一歩動く。
現実を変える時にも、同じことがあります。
もう進めないと思った場所に、まだ開いている道が残されていることは少なくありません。
本宮から車で20分あまり。富士山二合目へ向かう細い道を上り、案内してくださる方に従って車を止めました。


そこから先は、森の中を歩きます。


台風のあとの森はひんやりと冷たく、木々には苔が重なり、長い年月を宿した空氣がありました。
参拝する方の姿はあっても、森の静けさが途切れることはありませんでした。
近道を探さず、
正面から祈る
奥宮では、環状列石の周りを回るという話が広まっているようです。
けれど、新屋山神社の公式案内には、周囲を回らず、正面から二礼二拍手一礼で参拝するよう明記されています。
特別な作法を足せば、特別な力が手に入るわけではありません。
願いに向き合う時ほど、近道めいたものを探さず、教えられた作法を守り、正面に立つことが大切なのだと思います。


私は、ご本人に代わって未来を決めるために来たのではありません。
その方がご自身の力を使い、望む現実へ踏み出せるよう、願いをここまで運ぶために来ました。
祈りは、歩かなくてよい理由ではなく、
もう一度、歩き始めるために
心を定める時間です。
父の山から、
御息女の社へ
奥宮をあとにし、次に向かったのは河口湖畔の冨士御室浅間神社です。
新屋山神社の主祭神である大山祇命。その御息女にあたる木花開耶姫命が、冨士御室浅間神社には祀られています。
大山祇命のもとへ届けた願いを、次は木花開耶姫命の御前へ。


鳥居の先には、木々に囲まれた長い参道が続いていました。
現在の境内には里宮と、富士山二合目から移された本宮が向き合う形で鎮座しています。


本宮の正面に立つと、奥に鏡が見えました。
願いを外へ放つ前に、まず自分自身の心を映し、何を望んでいるのかを確かめる。
そのための静かな時間をいただいたように感じました。
豊かさと健やかさを、
それぞれの方へ
境内には、百福の龍宝珠と、神使の撫牛があります。

商いを育てたい方へは、持っている力とご縁が正しく結ばれ、豊かさが巡っていくように。
健康を願う方へは、病を抱えるご本人と、大切な方の心身が穏やかな方へ向かうように。

一つずつ、預かった願いを胸に置き直しながら手を合わせました。
神社の御由緒と参拝作法は、新屋山神社公式サイトと冨士御室浅間神社公式サイトを参照しています。
願いを、現実へ
連れて帰る
この日、神前へ届けた願いの多くは、すぐに答えが出るものではありません。
人を信じることも、商いを育てることも、身体をいたわることも、日々の小さな選択の積み重ねによって現実になっていきます。
だから、代理参拝を終えたことを、願いの終わりにはしたくありません。
富士の山へ届けた願いを、
今度はそれぞれの暮らしへ持ち帰り、
現実の一歩へ結んでいく。
宿命師として私がしたいのも、未来を決めることではなく、その方がご自身の力を取り戻し、望む道を選べるようになるまで言葉を渡すことです。
あの日、富士の山へ運んだ願いが、願った方の中で次の一歩を照らすものとなるように。
これからも、ご縁を結んでくださる方の願いを軽く扱わず、現実へ戻るところまで見届けてまいります。
黄龍院レイ
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